カスタマー・ハラスメントの現状と対応策

第1  はじめに

カスタマー・ハラスメントは、顧客からの過度なクレームや悪質な迷惑行為をいいます。カスタマー・ハラスメントは、単に職務遂行や職場環境に悪影響を与えるだけではなく、時に労働者の人間の尊厳を否定し、労災の危険を誘発するものであり、使用者・労働者一体となって取り組んでゆくべき課題ということがいえると思います。

パワハラ指針では、事業主が相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備したり、被疑者への配慮のための取り組みをすることが望ましいとされています。 

いわゆる民事労災として労働者が会社に安全配慮義務違反の損害賠償請求をすることも考えられるのです。

近時、労災に用いる「業務による心理的負荷評価表」の具体的出来事には、以下の項目が挙げられており、社会通念上も許されざる行為との観念が形成されてきているといえるでしょう。

  • 顧客や取引先から無理な注文を受けた
  • 顧客や取引先からクレームを受けた

これらは、労災の各給付の請求の対象となり得るのです。

厚生労働省は、2023年9月1日、「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」も改訂しています。具体的なポイントは以下のとおりです。

  • 具体的出来事に「顧客や取引先、施設利用者から著しい迷惑行為を受けた」
  • 心理的負荷の「強」「中」「弱」となる具体例を拡充(パワハラ6類型の具体例明記)

第2  カスハラについては、東京都の条例策定や大企業によるポリシーの作成の方が先行しているといえます。

  1. 例えば、日本航空は、令和6年6月28日に「カスハラに対する方針」を発表し、「カスハラ・ポリシー」を明確化しました。
  2. カスハラは、労働環境を悪化させ、既存の顧客も不愉快にさせる可能性があるということがいえ、ひいては従業員の離職につながりかねないのです。
  3. 日本航空のカスハラの定義は、「義務のないことや社会通念上相当な範囲を超える要求する行為」により、従業員の就業環境を害する行為と位置付けています。具体例は以下のとおりであり、反対にいえば、これら行為が発生した場合は使用者としては、労災や安全配慮義務も踏まえ対処の必要性があるといえるでしょう。
    • 暴言、大声、侮辱、差別発言、誹謗中傷
    • 脅威を感じさせる言動
    • 過剰な要求
    • 暴行
    • 業務に支障を及ぼす行為
    • 業務スペースへの立ち入り
    • 社員を欺く行為
    • SNS投稿などにより、会社・社員の信用を毀損させる行為
    • セクハラ
  4. 日本航空のカスハラ・ポリシーは詳細なものもあり、今後のカスハラ対策で安全配慮義務のスタンダードになり得るものではないかと考えます。
  5. 東京都もカスハラ禁止条例の制定を準備しています。その内容は以下のとおりです。
    • 何人もカスハラを行ってはならない。
    • 東京都が実施する施策に協力するものとする。

第3  カスハラの裁判例

1  はじめに

カスハラは、社内でのセクハラ問題とパワハラ問題がひと段落した後、急浮上してクローズアップされた問題です。おそらく、日本の労働人口の減少、カスハラに伴う離職の方がその顧客を失う損失を上回る、物価高によるサービス提供の能率化、顧客のターゲットに沿わない人間を顧客として最早扱う必要はないという経営判断が背景にあるものと考えられます。

このため、カスハラをめぐる判例は少ないですが、NHKの「クローズアップ現代」や厚生労働省の資料によると、「昭和の発想」の人々が、「顧客は神様」「顧客は優越的地位にある」と勘違いをしてカスハラをする傾向にあるといわれています。

近時、学校、介護施設、コールセンターでは、カスハラに関する裁判例が現れており「令和の問題」ということがいえるでしょう。裁判例がないからこそ、対策が遅れがちで、労働者の定着の阻害になるものです。安全配慮義務違反や労災発生の懸念があるからこそ、労働者としても使用者に適切な措置を求めるべきではないか、と思います。

2  カスタマー・ハラスメント

カスハラの代表的な判例として、甲府市・山梨県事件(甲府地判平成30年11月30日)があります。

  1. 自宅訪問をした小学校教師が、犬にかまれたところ、児童の祖父母が逆切れして、謝罪要求をしてきたというものです。
  2. これに対して、校長が当該教師に、モンスター祖父母の過剰要求に対すて当該教師に謝罪を強要したことが、「冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動した」として校長はパワハラ認定を受けましたが、見方を変えると、カスハラの安全配慮義務違反を問われたといえるでしょう(甲府市・山梨県事件、甲府地判平成30年11月30日)。
  3. 事実の経過として、教師が児童の家庭訪問で犬にかまれていたのですから、保険で賠償を求めたというわけです。それを知った「昭和」のモンスター祖父母は、「教師が地域の人に賠償を求めるのは何事か」と恫喝し、「強い言葉を娘に言ったことを誤れ」などの不当要求をしてきたのです。
  4. 裁判所は、「客観的に見れば、教師は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、加害者側である児童の父と祖父が教師に怒りを向けて謝罪を求めているのであり、教師には謝罪すべき理由はない」と指摘しました。
  5. そのうえで、「教師が謝罪に納得できないことは当然であり、校長は、児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるため安易に行動したというしかない。そして、その行為は、教師に対し、職務上の有意性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱した」と結論付けています。

3  NHKサービスセンター事件(横浜地裁川崎支部令和3年11月30日)

現在、NHKの電話オペレーターの視聴者からのわいせつ発言、暴言、不当要求については、安全配慮義務違反を否定したNHKサービスセンター事件(横浜地裁川崎支部令和3年11月30日)があります。

しかし、今後、カスハラ条例やカスハラ・ポリシーを多くの企業が制定し、令和の時代に追いつくにつれて、違法とされていく時代が来るかもしれません。

第4  まとめ

カスハラについては、正当なクレームとの区別が難しいかもしれませんが、労働者は心理的負荷を負っていることは事実であり、使用者に待遇改善を求めるのが相当な場合もあるといえるでしょう。

以上

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